大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)2778号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

弁護人伊藤武の上告趣意は末尾添附のとおりである。

職権により調査すると、本件公訴事実は、

被告人は、李三公、平千作等と共謀の上、九州から北緯三〇度以南の南西諸島奄美大島へ貨物を密輸出し、又同地から本邦に貨物を密輸入しようと企て(一)税関の免許を受けないで、脱穀機、鋤、ミシン、下駄、昆布、木材、氷かき機、イチゴ水等を船舶に積載して熊本県八代港を出航し、昭和二四年七月二三日奄美大島野見山海岸に到着し、その頃右貨物を同所へ陸揚して密輸出をなし、(二)同月三〇日頃奄美大島の黒砂糖を税関の免許がないのに船舶に積載して同所を出帆し同年八月一日頃福岡県大川等まで輸送して密輸入を図った、というのである。

そして右奄美大島は右犯行当時以降昭和二八年一二月二四日までは、旧関税法(昭和二四年五月一四日法律六五号により改正された明治三二年法律六一号)一〇四条、昭和二四年五月二六日大蔵省令三六号により、又は昭和二六年一一月二九日法律二七一号により改正された右旧関税法一〇四号、昭和二七年四月七日政令九九号により、右旧関税法の適用については、外国とみなされていたのであるが、昭和二八年一二月二四日政令四〇七号「奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置に関する政令」附則八項により、右政令九九号は改正され、同月二五日以降は、外国とみなされなくなり、本邦の地域とせられることとなった。従って同日以降は、本件公訴事実のような、税関の免許を受けないで貨物を奄美大島に輸出する行為及び同島から貨物を輸入しようと図ることは右政令九九号改正の結果として、何ら犯罪を構成しないものとなったのであって、これによって右行為の可罰性は失われたものというべく、本件は、刑訴三三七条二号にいう「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に該当するものと解しなければならない。従って弁護人の上告趣意に対する判断をするまでもなく、原判決及び第一審判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。この点に関する従来の当裁判所大法廷の判例(昭和二七年(あ)第四三四号、同三〇年二月二三日判決〔集九巻二号三四四頁〕、同二八年(あ)第三七一号、同三〇年七月二〇日判決〔集九巻九号一九二二頁〕、同二八年(あ)第一六一号、同三一年五月二三日判決〔集一〇巻五号附録一頁〕、同二九年(あ)第一九一七号、同三一年七月四日判決、同三〇年(あ)第一二二七号、同三一年七月一一日判決〔集一〇巻七号一〇三五頁〕、同二九年(あ)一二七九号、同三一年七月一八日判決、同三〇年(あ)二七六三号、同三一年九月二六日判決〔集一〇巻九号一四〇三頁〕等)は、これを変更する。

よって刑訴四一一条五号を適用し、原判決及び第一審判決を破棄し、同四一三条、四一四条、四〇四条、三三七条二号により被告人に免訴の言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。

この裁判は裁判官田中耕太郎、同島保、同斎藤悠輔、同入江俊郎、同池田克及び同高橋潔を除くその余の裁判官一致の意見によるものである。

裁判官小林俊三は、右の点に関し、昭和二七年(あ)第四三四号同三〇年二月二三日言渡大法廷判決記載の同裁判官の意見と同一意見を附加する。

裁判官田中耕太郎、同島保、同斎藤悠輔、同入江俊郎、同池田克及び同高橋潔の反対意見は、次のとおりである。

奄美大島は、旧関税法(昭和二四年五月一四日法律六五号により改正された明治三二年法律六一号)一〇四条、昭和二四年五月二六日大蔵省令三六号により、又は昭和二六年一一月二九日法律二七一号により改正された右旧関税法一〇四条、昭和二七年四月七日政令九九号により、右旧関税法の適用については、外国とみなされていたのであるが、昭和二八年一二月二四日政令四〇七号「奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置に関する政令」附則八項により前記政令九九号は改正され同月二五日以降は、右の地域は、外国とみなされなくなり、本邦の地域となったことは、前記法令自体で明らかである。従って、同日以降は本件犯行のような奄美大島へ貨物を密輸出し、または、同地から本邦に貨物を密輸入する行為は、関税法違反罪とならないことはいうまでもないところである。

しかしながら、右大蔵省令又は政令によって外国とみなされる地域に変更があっても、外国又は外国とみなされる地域と本邦との間において、免許を受けないで貨物を輸出又は輸入することが禁ぜられているという関税法上の規範は、昭和二八年一二月二五日の前後を通じて現在に至るまで依然として存続され、従って、無免許輸出又は無免許輸入という所為の可罰性に関する法的価値もまた終始かわるところがないと解すべきである。それ故、右地域の変更は、昭和二八年一二月二五日以前に成立した旧関税法七六条違反の処罰に何ら影響を及ぼすものではないといわなければならない。それは、例えば、通貨偽造罪成立後当該種類の通貨だけが法令によりその通貨としての強制通用力を失い、又は収賄罪成立後当該公務員の官職だけが法令により廃止されても既に成立した犯罪の処罰に少しも影響を及ぼさないと同じことである。されば、前記政令の施行によって本件所為について刑の廃止があったとすることはできない。それ故、多数説は失当であって、従前の判例は変更すべきでない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例